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いつぞやは立ち込みにて一躍脚光を浴びたQ管理人!?“あいつアタマおかし〜で〜”なんてことを思った方もいらっしゃるのではないかな?Aさんは“あんな川に立ち込むようなとこあったなんて知らんかったわ・・・”(行かなかった人の談)、Bさんは“おかしな人がおる〜”(これは、同行者大多数の談−笑)。。。まあ、Bさんの意見は普通なんだろうが、実際のところはどうなんでしょ。前者の意見どう思います?そうなんです、明らかに立ち込める方の意見です。とはいえ、そこまでやるかどうかは別問題。後者はどうだ?その逆ですね。大多数の鮎師はこういうカンジじゃないか?ご存知の如く当日は今年になってお世話になっている大名人9名に素人管理人が呼び込まれての釣行。おっと、さいきん“釣行(ちょうこう)”って入力したら“超硬”ってでてくるのはなんだ!? おおおっと、脱線脱線・・・しかも、竿を出せるだけでもいいやん、っていう厳しい状況下。当然、Q管理人も“ポツポツ掛かればいいかな”としか思っていかった。そして、皆さんが“ツ抜け”で自分だけ○○○ということが現実となりそうである意味ビビっていた(笑)でも、川を見たらそうではなくなる。でも、増水とはいえこの川で立ち込んだら迷惑でしょ?だから、良さそうなとこ(今回立ち込んだ場所ね)は行かなかったの、最初は。だって、入りたいとこの下には○○大会の優勝経験者という兵もいらっしゃるんですもの、しかも“厳しい”という意見。まっしぐらに逃げました。下の瀬肩の絞込み。砂地でしたから掛かりませんでした。Jターン程度に戻ってやると追いは悪いが大なり小なりが掛かる。徐々にUターン気味に戻っていくと飯食ったり下に下りたり人が右岸に3人。1番上はNさんで真ん中はまだ覚え立ての練習者。あんまりプレッシャー掛けるのも悪いから距離をおいて流れの裏スジを探ると掛かる。そうこうしてる間に練習者いなくなった(プレッシャー掛けてなかったよね?十分掛けて下のたるみに寄せるスペースは十分に空いていたよね?)ので入る。もうこの時点で川を半分に切って全体をゆっくり止めて探る計画。川を切ることは決まっていたのだ。が、根掛かり(針金でした、オイ)回収したついでに左岸へ渡る。やっぱり人のいないほうはいい。だって、ヘタクソでも迷惑かからないんですから・・・それが思った以上に掛かる。完全にアドレナリンが分泌されてかなりな興奮状態。でもね、経験の浅いQ管理人はひたすらメタルでやるもんだから葉っぱがキュルキュルっとキンクして3回ほどプッツ〜ン。ナイロン0.6くらいでやるべきでしたね、今回のパタ〜ンじゃ・・・結局上手に回せず釣りたいエリアの1/3も探れずもうちょっとキツイ橋の上へ上がりました。一瞬だけ結構な早瀬になっていたんですが橋が低い・竿を立てれない・下がらなアカン・ちょっと厳しいかな・・・ってカンジでやめときました。あれ?“立ち込み”ね。私のコレは一体どこから始まったのでしょうか?鮎釣りの観点から見てみよう!私のガタイ、もうバレちゃったのでしゃあないですが、“背がおっきいと有利やわな・・・”確かに有利です。じゃあ、最初っからガンガン?んなわけないでしょ。今年6年目で最初の2年は2〜3回/年の釣行、3年目は5回くらい・・・上手くなるか?それも状況がよくなったらという制限付き。ほんならいつから立ち込むようになったんや?3年目に初九頭竜川へ行きました。あ、勘違いしないでね。九頭竜川が激流なんて微塵も知らなかった、というよりもむしろそんなところで鮎釣りができるとは思っていなかった、というのが本音だろう。そう、“よぉさん掛かるらしいで〜”という数釣りができる川として当時大阪に在住していた私の認識だった。だから、九頭竜川で泳がせ!そうするとどうなんだろう、県内水面センター付近のヘチで泳がせていた私、父も同様。。。1m入ってみる。胸までくる。川に関して知識のなかった私(メチャ最近の3年前までやで〜、汗・・・)は真ん中は深いもの(ドン深)と思っていた。当時、県内水面センターは溜まりがあって、そこから2又に分かれていた。その本流側左岸の川の真ん中で一人入れ掛かっている人がいた。“どないなってるんや〜、顔を見合す私たち・・・”さて、4年目、滋賀から一人乗り込んでみた。同じとこに行く⇒おもんない。帰ろうか・・・いや、もうチョい、せっかくここまで来たんやし、片手くらいでは帰れない。確か4時頃までやって5匹やった気がする・・・もうチョい人がいるとこでやる!それが五松橋下流500m付近だった。立ち込むなんてこれぽっちも思わなかったが、当日は4〜5人が流芯付近に立ち込んでいた記憶がある。そして、無知な上に川読みを実行した私(エライ?)は色が変わったスジを見つけた。17時過ぎの出来事だったと記憶している。そして、思いが的中、ここまで鮎釣りがあんまり楽しいと思わなかった自分がいたんだが一変することとなる。そう、入れ掛かりです。そこからの1時間で19連発。皆さん、立ち込んでいるからただでも緩い流れなのに更にヘチまで寄せて取り込むQ管理人。もう、必死です。だって、ここまでの鮎釣りの経緯をみたら分かると思いますが自分で取り込んで付け替えてなんてほとんどまともにやったことないんです。初期はせっかく釣っても強く持ち過ぎたり、空中で持ってたりで放した瞬間にひっくり返ってるんやから・・・それが少なくとも19回続けてちゃ〜んとできた!ってことがたまらなくうれしかった。え?ポイントズレてる?連荘記録というよりもそんなに釣ったんも初めて。うれしくてうれしくて泣きそうな位うれしくて、川の中から稚様(奥様です。稚鮎タイムズの“稚”はここからきています^^)に電話して頭を下げて快く了承してくれたことに心から感謝したことを覚えている。だから、2度目の九頭竜川は24匹という釣果が忘れられない記憶としていまでも鮮明に覚えている。そして、この時点でオト缶を浸けておこうと思っていたもんだからパクられる?なんてことが念頭にあって最後の最後まで上がらなかった。そして、諦めたかのように立ち込んでいた2人が先に上がる。すかさず、自分もオト缶を浸けてあがる。まだ、警戒しています。“パクられる・・・”マッハで晩飯を買いに行き、風呂なんて思いもせず戻ってくる。鼻息が荒かったと思います。そして、2人がすぐ10mくらいのとこでキャンプしている。勇気をもって話し掛ける。。。そう、コレが鮎釣りに引き込まれる1番大きなターンニングポイントだった。ただの19連発だけではここまでは至らなかった。こんなん書いてる今でもそこらの河川でただ泳がせ、年に両手で足りるくらいの釣行しかしなかったんちゃうかな。このお2人が五松橋下流の主:H谷さん&T田さんです。なんか、何時間話込んだんやろうか・・・一冊の本ができるくらいのことを話してくれた。鮎釣り以上にこの談義も楽しかった。そして、徐々に彼等と同じ様に釣りをする自分が形成されていった。そう、成長のお返しは彼等の上前をピンハネすることです(爆)あれから何回一緒に竿を出したか・・・どっちかがいない、もしくは両方がいない、というだけで釣果が20〜30変わってくるんです。それでも、3人だけで各々100近く(彼等は束釣り達成していたかもしれない・・・)釣って、他の人は良い人で50匹前後という驚異的な数を叩き出せるようになっていた。4〜5年目、こんなんしながら仕掛け作りの腕が向上していった。記憶によれば、過去の釣行紀を見て頂いたらわかるんですが4年目は高飛びが20〜30回くらいしたと思う、五松橋下流で。5年目は750超の釣果を上げ、テトラに2回絡まれて切れただけで高飛びはゼロ!だった。なんだ、この違いは。立ち込むとね、流れがキツイの。下がれないときだってあるさ。どないかして無理やり抜くか寄せる。そんながんじがらめの修行!?と彼等の手捌きを見て勉強することが合わさって上達していったのかなぁ。彼等は奈良県の人、“吉野のカッパ”の異名をもつらしい。近年は釣れない川というレッテルが貼られている奈良県○野川。2〜3年前のとある解禁日に束釣りした人がいるという情報が入る。行ってた人の話では“そんなん誰も釣ってなかったでェ〜、ウソやろ〜”ということみたい。日が経つにつれてガセネタっぽいことが判明してきた。さて、九頭竜川も解禁を迎え、7月に入ってからか久々にご一行に出会った。“久しぶり〜”なんて、当時の釣りのことは覚えてないが、○野川で束釣りしたのは、な・な・なんとヤッパリ・・・この人だった(驚)ケータイ画像に115匹、うれしそうに話すもんです。隣の人は○ボだったというから群れ鮎を釣ったとはいえ実行できますか?今年にも群れ鮎崩しの話題が初期から持ちきりでしたが、ほとんどの人はできないのが現状。やってのけるのがスゴイのと、この人だったら納得できるというもの。私もだんだん技を覚えていくのかな?あれ!?なんの話やった?立ち込み?じゃあ、立ち込み番外編といこう。私は以前まではバサーです。いまでもプリスポ〜ンの3月中旬〜4月中旬のビッグバスハンタ〜として活動しています。オカッパリ専門ですがアツイ時期には1ヶ月ほどの間に40up!を50本ほど獲っていた(うちランカ〜は30%くらいだったな)が最盛期はウェーディング戦士として琵琶湖湖西の河口〜奥琵琶湖を攻略しまくっていた。夏になったら皆はウェダーをはいて腰くらいまで立ち込み、私は途中までは他の人と同じなんですが途中からは海パンはいて注目を浴びる中、ほとんど泳ぎながら釣っている状況。そして、自分だけ釣るんです。プリップリの体高のある湖北バスをね。人の目線が気にならなければうねってる波に合わせてジャンプしながらメチャクチャ楽しかったよ。鮎で言うたら、荒瀬に立ち込んでる気分やから、そんなとこからも立ち込みは始まっていたんかなぁ、なんか似てるんよね。で、ウェーダーはいて立ち込んで見えないブレイクやウィードの種類を見分けながらシンカーで叩きながら探る。いまは、見えない流れのスジをオモリ(シンカー)で止めて探る。おんなじじゃない?アタリはというと、“ゴン!”って、ヘビキャロもオモリから先はナチュラルフリー、鮎のオモリより先は私のイメージでは鮎が石裏のゆるいとこに入って少しゆるんでいるカンジゆえにフリー。だから、鮎のオモリを付けてのアタリ(背掛かりの場合ね)とバスのヘビキャロのアタリは“ゴン!”と目印に出る、糸フケが一瞬出る、ライン感度がそれを捕えてから間が合って一気に“ギュ〜ン”、それと似てない?そんな感覚を思い出しながら自分もよくここまでやってきたなぁ、と思い返しながら今は激流の旗に集まりし(私の場合、必ずしもそうでないのだが・・・)人達に縄張りを張って楽しんでいます。皆さん、経験が深く荒々しくもありテクニシャン。。。そんな人達と共に生きるこの人生は最高です。もっと、皆さんと共に戦う機会があってもいいかな?なんて思っていたりする今日この頃です。
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